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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)745号 判決

原告 中根市造

〈ほか一名〉

右原告両名訴訟代理人弁護士 村瀬鎮雄

被告 第一火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役 成瀬雄吾

右訴訟代理人弁護士 藤井正博

主文

一、被告は原告中根とらゑに対し金二五五万八、四〇六円を支払え。

二、原告中根とらゑのその余の請求および原告中根市造の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告と原告中根とらゑとの間に生じた分はこれを一〇分しその九を被告の負担とし、その余を同原告の負担とし、原告中根市造との間においては同原告の負担とする。

四、この判は原告中根とらゑ勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外中根光治(以下光治という)が保有し、自己のために運行の用に供する第二種原動機付自転車(加害車)につき、同人と被告との間に原告ら主張のとおり自賠責保険の契約が締結されたことおよび光治が原告ら主張の日時場所において加害車の後部荷台に同人の兄である訴外中根正一(以下正一という)を同乗させて運転進行中、先行車を追い越そうとしてハンドル操作を誤り、本件事故を惹起し、正一がこれによって死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず正一が自賠法三条の「他人」に当るか否かにつき判断する。

原告市造は石工業を家業とし、正一、光治、四郎の息子三人を家族工として使用していたことは当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によれば、原告市造は家業に従事する息子達の利便を図るため原動機付自転車を昭和四〇年八月頃まず次男(長男は既に死亡)正一へ、昭和四二年一一月頃三男光治へ、その後四男四郎へそれぞれ同原告の費用で買い与えたこと、右のうち正一、光治に対する原付はいずれも原告市造の所有名義となっているが三人の息子は右三台の原付の各々を各自専用のものとし、その特定の原付についていずれも自賠責保険の保険契約者となって保険料を支払い、各自の負担においてそれぞれの原付の管理維持に必要な修理費、燃料費等を支出していたこと、正一ら三名は主に作業現場までの往復等の仕事のために各自の原付を専用し、時に兄弟が相互に他の専用する原付を利用し合う場合もあったが、それはほぼ自己の専用車が故障中であったりする場合に限られていたこと、本件事故当時原告市造は株式会社牧野鉄工所の工事を下請けしていて正一、光治らは三重県上野市所在の右会社の寮から同社の受注先である同市の伊奈製陶の作業現場まで各自専用の原付で毎日通勤していたこと、光治は事故の日の前日である昭和四四年五月一五日、正一から同人専用の原付の調子が良くないから光治の原付(加害車)に同乗させてほしいと依頼され、翌日正一を加害車の後部荷台に同乗させて右作業現場へ赴く途上本件事故を惹起させたこと、その際光治は正一の指図を受けて加害車を運転したようなことはなかったこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上に認定した事実によれば原告主張の如く加害車を光治の特有財産とみることはできないまでも加害車は専ら光治の使用に供され、その管理・維持も同人がこれにあたり正一ら他の者は光治に無断で利用することはなかったものと認められ、加害車の運行利益と運行支配は光治が有していたものと認められる。

被告は、本件事故当日正一が弟の光治に加害車を運転させて自己の通勤のためにこれを使用したことにより正一はいわば本人として加害車の運行について利益と支配を有していたものと主張する。しかしながら光治自身も正一同様伊奈製陶の作業現場へ通勤するため加害車を運転中であったこと、その際正一の依頼に応じて同人を加害車の荷台に同乗させたこと。運行について正一の指図を受けたようなことはなかったことは前記認定のとおりであり、右の如き運行の目的、運行状況からみれば正一は光治の運転する加害車の単なる同乗者にすぎないことが明らかであるから右主張は理由がない。その他正一が本件加害車について運行支配を有していたことをうかがうに足りる事実は認められないから正一は自賠法三条の「他人」に該当する者であったと認めるのが相当である。

三、次に被告らの好意同乗の主張について考えるに前掲各証拠によると正一が光治の運転する加害車に同乗するにいたった事情は被告ら主張のとおりであることが認められる。しかし自賠法上いわゆる好意同乗者については、自動車事故による被害者保護の確実を意図する同法の立法趣旨や条理上からもその他人性を否定的に解すべき理由はないものといわねばならない。もっとも好意同乗者の同乗にいたる経過や同乗後の態度等によっては運行供用者の責任を全部ないし一部制限しなければならない場合も考えられるが正一の同乗にいたる前記の事実関係においてはそのような場合にも該当しない。また正一において光治に対して生ずることあるべき損害賠償請求権を予め放棄して同乗したものと解すべき事実も認められない。

以上によれば正一は自賠法三条にいわゆる「他人」として運行供用者たる光治に対し後記損害の賠償を請求すべき権利がある。原告らが正一の親であることは≪証拠省略≫によって認められるから原告らは右請求権を相続により法定相続分である二分の一ずつ承継取得したものと認められる。

四、そこで、進んで原告らが相続により取得した右権利が混同により消滅したか否かについて検討する。

前記認定の事実によれば原告市造は光治の使用者であると認められ、また本件事故は光治らがその朝作業現場に赴く途中、同人の過失によって発生したものであることは当事者間に争いがない。そして前記認定の事実によって明らかな原告市造らの職業、作業態様、加害車の職業活動上の必要度、加害車購入の経緯等の事情を総合考察すれば、光治の運行行為は家事の石工業を営む原告市造の事業活動上の範囲内に属するものと認められ原告市造が光治を家業に使用し、且つその事業を監督するについて相当の注意をなしたことを認めるに足りる証拠もないから、同原告は被告ら主張の如く光治の使用者として正一に対し民法七一五条第一項の責任を負担するものというべきである。そうすると原告市造は被害者正一が自己に対して有していた損害賠償請求権の二分の一も相続したこととなり、その結果この分は被告ら主張の如く権利・義務の混同によって消滅したこととなる。そして右被害者を相続することによって同原告の加害者側の立場が失なわれるわけではないことを考えると同原告は相続によって取得した正一の光治に対する損害賠償請求権を行使することは許されないものといわねばならない。

他方原告とらゑについては同原告が家業の経営に関与し光治ら息子の使用者的立場にあったことは本件全証拠によるもこれを認められない。

したがって同原告は正一に対しては本件事故につき何らの債務も負担していないから同原告が相続した正一の権利が混同により消滅することもない。

五、被告らは本件事故は加害車の後部荷台に同乗した正一が運転中の光治に抱きつきその十分な運転を妨害または困難ならしめたことによって光治の過失を誘発し、その結果発生したものであると主張するが、本件全証拠によるも右主張に沿う事実を認めるに足りない。したがって右主張に基く被告らの抗弁はすべて採用し得ない。

六、損害

(一)  逸失利益

正一が本件事故当時満二二歳であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫に前記二に認定した事実を総合すると、正一は当時原告市造が主宰する家業に石工として従事し一年に原告らの主張する金四六万五、八〇〇円を下らない収入を得ていた者と認められ、これから正一の右職業、年齢等から推測される生活内容に照らし相当と認められる右収入の半額を生活費として控除すると、正一の年間の純利益は原告ら主張の如く二三万二、九〇〇円となる。正一は死亡当時満二二歳であったから、その平均余命年数は四八・三二年であり、今後四一年間就労可能であったと認められる。そこでこの間の逸失利益の総額をその死亡時において一時に請求するものとし、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を求めれば金五一一万六、八一三円となる。

原告とらゑが正一の母であることは前認定のとおりであるから同原告は右逸失利益についての損害賠償請求権をその二分の一である金二五五万八、四〇六円相続により取得したものである。

(二)  慰藉料(正一および原告ら両名のものについて)

一般に円満な家族共同体の構成員相互の間において過失による加害行為が発生してもその加害行為がその円満な家族共同体を破壊するようなものでなく、現にその後も円満な共同生活を継続している場合には被害者は右加害行為によって蒙った肉体的精神的苦痛を加害者との人間関係の中で慰藉され、あるいは加害者に対し宥恕の意思を表示していると認められることにより慰藉料請求権は発生しないものと解される。

ところで本件の場合光治はその過失行為によって正一を死に至らしめたものであるが、前示認定の事実からも明らかな如く正一と光治は成人とはいえ若年で独身どうしであり、両親である原告らとともに幼少の頃からの家族共同体の中で共同生活を営んでいたうえ、家業である共同の仕事に従事していた者であり、正一が加害車に同乗するに至った経緯や事故の状況も右の家族共同体の破壊に至るようなものとは認められず、またその後現にそのような事態が発生したというようなことも認められない。したがって原告らの光治に対する慰藉料はもとより正一の光治に対する慰藉料請求権も発生しなかったものと解される。

(三)  原告市造の損害

同原告が加害車の共同運行供用者であり、本来正一に対し全額の損害賠償債務を負担する者であることは前示のとおりであるから、同原告が本件事故に関し支出した金員を損害とみることはできない。

したがって同原告の右請求は理由がない。

七、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は被告に対し原告とらゑにおいて金二五五万八、四〇六円の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余ならびに原告市造の請求は理由がないから失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 柄多貞介 裁判長裁判官西川力一は転補につき署名押印することができない。裁判官 藤井俊彦)

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